1. Design & Illustration
  2. Drawing Theory

あなたの進歩を妨げる10の絵の神話

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Japanese (日本語) translation by Hitomi (you can also view the original English article)

絵を描くことは楽しい技術のように見えます。 それはあなたの頭の中にあるアイディアを取り出し、それらを形や色で他者に伝える事を可能にしてくれます。 しかも、いくつかの簡単な道具で! 多くの人が絵の描き方を学ぶことを夢見るのも不思議ではありません。 残念ながら、この種の技術は、時に習得することが不可能に思われます。 なぜそれは、例えば、チェスや料理を習得するよりも難しいのでしょうか?

この記事の中で私は、絵は難かしいとはいえ、時には、あなたが自分自身の頭でそれをより難かしくしているのだということを伝えたいと思います。 これらの精神的な障害物はあなたが学ぶことを妨たげ、不要ないら立ちをもたらします。 それらを理解することで、障害物は消え去り、ついにあなたは自由に学ぶことができるのです!

1.絵は1つの単純な技術である

「私は絵が描けない」というのはとてもやっかいな言葉です。 この言葉を使う人は大低、実際には「本物のように見える物が描けない」と言っているのです。 しかし、何が絵を本物らしく見せるかを理解しようとするかわりに、彼らはまさに始めたばかりというところで諦めてしまうのです。というのも、 あなたは絵が描ける、あるいは描けない。それ以外はないからです。

その信仰はどこから来たのでしょうか? 子供の頃、あなたはたくさんお絵描きをしました。 そして、描くことが「できた」。決して疑いなどありませんでした。 少なくとも、あなたよりも頻繁にほめられる子がいることに気付くまではー。 絵がなんらかの価値を持つには、 それは現実の何かに似てなくてはいけないのだと、あなたは理解します。 でも、あなたの絵は達います。どんなに一生懸命に頑張っても。そうして時間と共に、あなたは「絵が描けない」という結論に達したのです。

それはまるで、絵の価値が、この活動のあなたの定義に封じ込められたかのようです。ちょうどあなたが「私は料理ができない」と言う時に、実際には「私は上手に料理ができない」と意味しているように。それは、「私は泳げない」とか「チェスができない」と言うのとは同じではありません。

全ての技術には、習熟の段階があります。 初めに、0(できない)と1(少しできる)の間の境界が存在します。 次に、その他のレベルが続きますが、それぞれ前のレベルよりも習得することが困難になっていきます。 レベル10が完壁だとしましょう。光速に達するぐらい不可能ですが、追求することはできます。 追求することはできます。ただし、遠くへ行けば行くほど、歩みは遅くなります。

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驚くべきことに、ほとんどの人が絵は、たった2つのレベルからなる技術だと考えています。すなわち、0 (描けない)と 10(完壁に描ける)です。 もしあなたが誰かの絵を気に入ったならば、その人達は描ける、気に入らなければ、描けない。 それだけのことなんです! そしてその 単純な信仰が、あなたの絵についての夢を台無しにしてしまうのです。 どうしてレベル0と10の間の巨大なギャップを飛び越えることなどできるでしょうか?

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実のところ、料理と同様、絵にもたくさんの上達のレベルがあるのです。 レベル0というのは、鉛筆を持つことができず、それを使って紙に跡をつけることのできない人に当てはまるでしょう。 できる? では、少なくともあなたは既にレベル1ですね!!このリストは私個人によって作成されたものであることを覚えておいてください。そして、いかなる科学的研究にも基づいていません。 あなたが何を達成したいのか、「絵の技術」という言葉であなたが具体的に何を意味するかによって、違って見えるかもしれません。

  1. 鉛筆を持つことができ、それを使って紙に跡をつけることができる。
  2. 簡単な図形を描くことができるが、うまくコントロールできない。上手くいくこともあれば、そうでない時もある。 また、他の絵から線をトレースすることができる。
  3. 簡単な図形を意図的に描くことができる。
  4. 輪郭と陰影において、見る物を正確に写すことができる。
  5. 頭の中に、目にしたイメージを参考として集めるので、対象物を見ることなく何かを描くことができる。
  6. 現実世界を分析し、現実の一部から新しい何かを創り出すことができる。(例:今までに 見たことのないポーズの人物)
  7. 輪郭のみを使用せず、幅広いテクニックを活用する。参照することなくリアルに陰をつけ、奥行きや質感を与えることができる。
  8. リアルに見えないが、誰からも「そのものである」と認識されるものが描ける。
  9. 想像から描かれた絵が、写真と見分けがつかない、そして/または、現実よりも優れたスタイルを持っている。 あなたは新しい世界と次元を、自身の頭の中と鉛筆で創造し、しかもそれを信じられない速さで行う。
  10. あなたには「全て」描ける。非現実的なものを現実のものよりもリアルに感じさせる。 あなたに学べることは他に何もない。
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前に述べたように、各レベルの問の距離は急激に広がります。 それは全てのレベルで、次の段階に進むにはますます時間がかかるということを意味し、また、初歩の段階は後のレベルよりも達成しやすいので、絵のスペシャリスト(5−7) よりも初心者(1―2) や上達した初心者(3―4)が確実に多く存在することにもなります。 明らかに、絵の巨匠(8―9)は ほとんど存在しませんし、完壁な芸術家(10)など1人もいません。「巨匠」たちは生涯を終えるまで、そのレベルを必死に追求するかもしれませんが。

A: 時間 B: 上達のレベル

なぜ私達はこれら全てのレベルを2つに「押し込めて」しまうのでしょうか? それは、自分の好きな絵と、そうでない絵を見分けるのは簡単だからです。 初心者の時には、それしか分からないのです。 スタイルの違いに気付いたり、見たところ美しい絵の中に問違いを発見するには、もう少し熟練したアーティストである必要があります。 初心者のとき、あなたは間違いに気づけません。というのも、あなたには絵の問違いとは何なのか分からないのですから!そういうわけで、絵のステージに関して残るのは、「こんな風に描けたらなぁ」(10)と「自分だってこんな風に描けるよ」(0)になるのです。

そして、こういった事がもう一つの誤解に続がるのです。

2. 才能を持って生まれないと絵の描き方を学べない

お気付きの様に、初心者には、自身の技術と自身が手に入れたいものとの間に大きな隔りがあります。 それと同時に、彼らは単にそれをやってのける人がいるのを目の当たりにするのです。 あなたは線を引き、それを棒人間に似たものにしようとしている、そして彼らは、同じ時間を使い、リアルな人間を描き上げるのです。 どうしてそんな事があり得るのでしょうか?

多くの記事の中で私は、才能の問題を取り上げてきました。というのも、これが他の何より最も破壊的な信仰だからです。 それは初めからあなたを絶望的にしてしまいます。 それは、もしあなたが絵を描こうとし、その出来映えが称賛されなかったら、あなたには才能がなく、決して上手くはならないという信仰です。 とにかくもうやめろ、、ということです。

それは全ての「あなたみたいに描けたらなぁ」といった褒め言葉に奇妙な意味を加えます。 それって、才能を持って生まれてこなかったという単なる悲しみの表現ではないですか? その悲しみを、視力を失った人の悲しみと比べた時、それはさらに不気味なものになります。 彼らは「描けない」のです。あなたは彼らと全く同レベルの不自由さを持っていると思いますか?

才能は、 人が学ぶことをより効率的にする特徴としてみることができます。 才能のあるアーティストは他の人々よりも早く最初の数レべルを通り抜けますが、 彼らも指数関数的な成長の影響を受けずにはいられません。 彼らはレベル4あたりで最も行き詰まる可能性が高いです。そして、「行き詰まる」はここではとてもぴったりな言葉です。 彼らはあまりにも効率的に最初のレベルを通過したので、自分が何かを学んだということにすら気付かず、今やレベル10までこんな風に真っすぐ行くだろうと予期しているのです。

4以降のレベルはより能動的だということに注目してください。「集める」「分祈する」。 これらの事はもはや「起こり」ません。なので、アーティストはこういった事に努力を注ぐ必要があります。 これが、才能が実際に障害になり得る理由です。 もしもあなたが、 初歩から何かを積極的に学ぶなら、物事をますます懸命に学び続けるのは普通のことです。 才能のある人にとってそれは、スイスイと走った後、壁にぶつかるようなものなのです!

talent vs skilltalent vs skilltalent vs skill

では、才能のある人々はスタート地点で得をしているのでしょうか? その通り。でも私達が思うほどそんなに大きなアドバンテ一ジではないのです。 それは、上手になるのに100ポイント必要な時に+5ポイントのアドバンテージを持っているようなものなのです。 たとえあなたが、その人物がレベル4に生まれついていると思ったとしても、最初の4レベルは最も学ぶのが簡単だということを忘れないで! それらは「学習」しなければならないのだという事実を受け入れさえすれば、彼らに追いつくのはそんなに大変なことではありません。決して、与えられるものではないのです。

美しい絵が数分で描かれるのを見る時、それは、その人物が才能に恵まれていることを意味するのではありません。 あなたがその数分の間に目にしているのは、 数年に渡る練習の成果であり、ある種の生まれつきの学習の優位性ではないのです。 自分に才能があると全く気が付いていない、 レベル3の才能を持った沢山のアーティストが存在します。それというのも、彼らは、自らの技術に「取り組んでいる」誰かと 一 どこかの時点で 、 絵は「積極的」に学ばなければいけないと気付いた誰かと 一  自分自身を比較するからです。

絵の技術は描いている時に自動的に現われるものだと思っていて、それが起こらないと、あなたは才能をのろいます。 しかし、「何でも」描くということは、絵を描くことを学ぶのとほとんど関係ないのです。 あなたは100個の手を描くことができますが、もし最初に手の構造を分析しなければ、そのことはあなたを少しも上達させません。 技術が魔法のように現われるのを待たないで、その代わりに学び始めて下さい!

3.絵は上手くいくか、いかないか

これは才能の話しの続きです。 初心者が絵を描く時、彼らは本当に何かを創り出してるというわけではありません。 単に何かを頭の中に浮かべ、鉛筆を紙に押しつけて、上手くいくように願うのです。 これらは才能の神話にとって完璧な条件です! なぜなら、 結果に対して何ら力を有しない時、あなたには「最良を願う」ことしかできないのですから。

実のところ、事物というものは、歩くとか話すといったことのように、私達の脳裏に刻み込まれた時だけに「出現」するものなのです。 そういったものは、注意を必要としません。というのも、それらのことを学ぶのに、私達は過去に十分な努力をしたからです。 絵の技術の最初の数レベルは、私達がすでに学んでいるかもしれない事物に基づいています。だからある人たちにはとても簡単なのです。 例えば、鉛筆を持つ技術は、スプーンを持つのに求められるのと同じ技術に基づいているのかもしれません。

絵の技術のスペクトラムを上に行けば行くほど、それらは現実からますます切り離れさていきます。 いつでも実物を見に行くことができるのに、猫がどんな姿をしているか思い出そうとしますか(レベル5)? 自分の膝に問題がないのに、人間の膝がどのように曲がるのかを分析しますか(レベル6)? こういった行動に基づいた技術は、成長させられる機会がありません。だからあなたの脳は、あなたの助けなしでは、写実的な絵を「出現」させるためにそれらを使うことが出来ないのです。

経験を積んだアーティストは、多くの複雑な技術が頭の中に刻み込まれています。 彼らが、解剖学的に正確な人間のシルエットを、ガイドラインもなしに一から描きあげるとき、それは何時間もの積極的な取り組みの結果なのです。 これはどんな技術でも同じです。長く、一生懸命に練習すれば、時とともに、技術はあなたにとってますます無意識的なものとなるのです。

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そのことを理解していなければ、ただの魔法です。

才能のある初心者は、絵を「出現」するものとして見ます。常にそうだったからです。 子供のときに描き始め、ただ単に描けるからと色々なものを描き、そして描けば描くほど上達することに気がつくのです。

しかしながら、このアプローチではレベル4までしか到達できません。というのも、これら最初の数レベルだけが、手先と「脳」の技術に基づいているからです。これらは無意識に学ぶことが可能です。 あなたが例外的な記憶力をもっていたら、レベル5まで進むこともできるでしょう。しかし、そこまでです。 現実を理解しようとしなければ、それを改変することなどできません。

1つの単純な要素から、才能のあるアーティストと熟練したアーティストを見分けることができます。後者は全ての大雑把なスケッチに愛着を持ちません。なぜなら、彼らはその出来映えを再現でき、次には更に良いものを描くことだってできるということを知っているからです。 才能のあるアーティストはたくさん描き、ときおり非常に写実的なものが「出現」すると(技術によってではなく、偶然に!)、たちまちその絵に夢中になってしまいます。 どうやって描いたかが分からないので、彼らには決してそれを再現することはできません。

このことで最悪なのは、なにがその絵を他よりも良いものにしたのかが分からないと、そこから何も学べないということです。 熟練したアーティストにとって、出現しない絵はひとつもありません。次回に修正することができるミスがあるだけです。

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絵が「出現」するのを待つかわりに、何故そうならないのかを自分に問いかけましょう。

あなたの絵が時に上手くいき、時に上手くいかない場合、それは見方を変えるときです。 あなたの手と脳が協力して、あなたのために何かを描きあげるまで待つことをやめましょう。 上手くいった絵を手に取り、それを、上手くいかなかったものと比べてください。 違いは何ですか? それから何を学べますか? 次の絵に何を利用することができますか?

そして、描いた絵が上手くいかなかったら、それは何故なのかを自分自身に問いかけてください。 それを悪く見せているものは何か? 何故あなたはその絵が気に入らないのか? オオカミを描いていて、その脚が長過ぎて歪んでいるように見えたなら、本当のオオカミの脚はどんなものか見てみましょう。 自分の記憶を信用しないで! もしあなたの手先の技術に問題がなく、なおかつ描いた顔があまりに酷いならば、それは恐らく、あなたがオオカミの顔はそんな風だと「思って」いるからです。 そうじゃないですか? では、絵を描かずに、記憶からそれを描写することができますか?

あなたの脳は、何年間も自力で絵の描き方を学んできました。そして今いる場所へあなたを導いたのです。 さらなる高みに行きたいのならば、今度はあなたが助ける番です!

4.絵は人を感心させるためのもの

それが絵を描きたい理由でしょう? 子供のとき、私達はみな純粋な楽しみのために絵を描いていました。見た見の良い落書きは強力で、甘いご褒美を手に入れられると気づくのは後になってからのことです。 そして、それは私達にとって非常に重要なものなのです! しかし、この力を絵を描くための唯一の理由として扱うのならば、覚悟してください。 あなたは本当に、他人を喜ばせることが唯一の目的である技術に取りくんで、一日に何時間も過ごしたいですか?

今までに何回、自分の絵に対する誇らしい気持ちが、好ましくない批評によって消し去られましたか? その作品に取り組んで過ごした楽しい時間、描き終えた瞬間に感じたあの満足感、そのすべてが消え去りました、、、それというのも、どこかの誰かが、あなたと同じぐらいその絵を気に入らなかったせいで。 きっと、誰にも作品を見せないのが一番良いのでしょう、でも、あなたはまだ続けます。一日を良い気分にしてくれる好意的な批評を望みながら。

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学ぶ楽しさ、何かを創り出す満足感、これらは、誰もその成果に気づいてくれなくても、それだけで価値があります。 あなたが満足感を他人と共有したいと思うのは当然です。しかし、そのことが唯一の動機である場合、始まりは絶え間ない欲求不満の道になるでしょう。

「絵が描けたらなぁ」という気持ちになったら、理由は何かを自分に問いかけてください。 動機のリストを作り、その中のひとつでも努力に価するかどうかを見てみましょう。 上手に絵を描く方法を学ぶことは簡単ではありませんし、あなたが他所で使うことができる多くの時間を消費します。なので、それが本当に自分の望むことかどうかを決める必要があります。 もし、「称賛されること」がリストのナンバー1だったら、おそらく、何かあなたの好きなことに集中したほうが良いでしょう。その何かが上手になった時、称賛はやってきます。

5.良い絵とは写実的な絵である

私は以前、スタイルについての記事を書きました。ここでは、何故それがあなたの上達の深刻な妨げになるのかということをお教えします。

多くの文化において、絵は現実を模倣するために描かれました。 ならば、より写実的であるほど良い、というのは明白です。 しかしながら、写真の発明以来、私達はもはや絵と現実を比較しません。そのかわり絵を写真と比べるのです。 違いはないと思うかもしれませんが、実は、カメラはそのレンズと機械で、私達が目と脳で見るものとは異なる現実の映像を捉えているのです。

カメラによって生み出される画像は、現実とはこのように見えるのだと私達が信じるのに十分リアルなものです。 これらの写真は、数ある「現実の表現」のうちの1つに過ぎないということに私達は気付いていません。 動きと音のある動画ですら、現実の完璧な映像ではないのです。 写真は、現実とはこんな風であると私達に思わせました。↓

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一方、私達が見ているものはこれに近いです。↓

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他の点は、人類はパターンの認識に優れた能力を持っているということです。 それが何であるかを認識するのに、100%完璧な現実の表現を必要としません。 実際、絵の中では線を使います。それらは私達を取り囲む世界に存在すらしないものです! 絵の具を用いた絵画(ペインティング)において、明暗の色調の部分は、光と影の錯覚を創り出すのに使われます。 私達にできる簡略化の幅は、とっても広大なのです!

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また、レンズと機械(脳)のすぐあとに、映像の第三の構成要素があります。ー 知覚です。 同じ写真でも、個々の経験や記憶、あるいはその時の気分によってさえ、様々な人から違って受け止められることがあります。 色の変化が1枚の写真の主題を、喜びから悲劇へ、希望の物語から絶望の物語へと変えるかもしれません。 線の流れを変えるとき、あなたは感情のために、多少のリアリズムを犠牲にしているのかもしれません。

このことを考えると、なぜ私達は、自らをたった1つのスタイル(写真の手描きによる模写であるもの)に制限するのでしょうか? 現実を表現する方法はたくさんあり、単純に知覚の側面を加えるだけで、詳細な写真よりも更に絵を完璧なものにできるのです。 それを利用し、絵を通してメッセージを送ることができるのに、なぜあらゆる逸脱にこだわるのでしょうか?

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もしあなたが、様式化された絵と写実的な絵とが並べられているのを見て、後者が前者の改良版だと思ったならば、このことを考えてください。 100%写実的な絵は、単純にドットごと、またはピクセルごとに画像を写すことで創り出すことができます。 これに必要なのは才能ではなく、多くの時間と忍耐力だけです。

そのような人をアーティスト呼べますか? 彼らは何かを創造しているでしょうか? 確かに大変な努力をしましたし、そのことは尊敬に価するかもしれません。しかしこの場合、建物を付箋で覆い尽くしていく人もアーティストですか?

様式化はリアリズムより簡単なものではなく、怠け者や未熟な人々にとっての創作の方法でもありません。(他人のスタイルを真似しない限り)。 それどころか、実際にはもっと大変です。 それは新しい種類のリアリズムを創り出すようなものです。 ー 現実において対応する物のない何かを。それでも、私達にはそれが何か「わかる」のです。

明確にするために言うと、あなた自身のスタイルで描くのに、現実を理解する必要が無いと言うのではありません。 すべてのスタイルはリアリズムの改変であり、すべてのスタイルは規則に基づいています。 あなたの意見ではとても見事に「出現」した絵を投稿したけれど、誰かにそれは写実的ではないと批評されたとき、「これが私のスタイルだ!」といって防御しないでください。 スタイルというのは意図的なものです。ー もしあなたの意図が写実的に描くことであったり、または全くなんの意図も持っていなかったならば、自分に嘘をつかないでください。

6.もし努力して無駄だったら、あなたには向いていない

これも、才能の神話とつながっています。 もしあなたが何年も絵を学んでいて、始めたばかりの人よりも結果が悪いならば、それは必ずしもあなたに問題があるということではありません。 その年月のあいだ、あなたは実際には学んでいなかったという可能性が十分にあります!

おそらくこれは、この記事のポイント3に関係があります。 あなたの「学習」が、同じ物を、より良くなるまでひたすら繰り返し描くことを基礎にしていたら、満足ゆく結果が得られないのも不思議ではありません。 それは特定の地点へ、車をでたらめな方向へ走らせながら、辿り着こうとするようなものです。

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両者とも練習しているが、片方は技術が訪れるのを待っている一方で、もう片方は疑問を投げかけながら、答えを探している。

そして、もしかしたら、どんな形であれ、あなたは学ぼうとしてすらいなかったのかもしれません。 もしかしたら、あなたは車の中に座り、それが勝手に走り出さなかったら、ただ車を降りてしまったのかもしれません。 これは、才能を信じていると起こることがあります! この場合、期待するものを変えるだけいいのです。 努力しなくてはいけません。そして、もし簡単だったら、おそらくあなたは学んだりしないでしょう!

または、本当に向いていないのかもしれません。 もしかしたら、あなたには絵を描くことを不可能にする何らかの障害があるのかもしれません。 その場合でも、他の創造の方法を選ぶことができます。(油彩などの)絵画、彫刻、刺繍。それがあなたのやりたい事ならば。 そして、あなたの動機が称賛されることだったら、もう一度言いますが、自らに不可能なことを強制しないで下さい! あなたにとってもっと楽しいことをしながら、称賛されるより楽な道があります。 簡単そうにみえるからという理由だけで、絵を選ばないでください。そうではないのですから。

7.良いアーティストは描きたいものを何でも描ける

これはポイント1とつながるもう1つの神話です。 絵は1つの技術ではなく、広大な分野なのです。一方に漫画家がいて、他方に建築家がいるというように。 優秀であるためには、専門化が必要です。全てにおいて優秀であろうとすれば、全てにおいて「平均」になる可能性が高いです。

レベル5までは、絵の技術はとても一様で客観的にみえます。 しかし、ひとたびレベル5に到達したら、何に集中するべきか決めなくてはなりません。 生き物? 人間? 背景? 乗り物? 衣服? 建物? 武器? 次いで、それぞれの中で別の区分を発見します。 例えば、生き物なら空想の獣や動物、そこから恐竜、哺乳類、両生類、爬虫類、鳥類、そして、すべての科や種類など、、、 学ぶことが山ほどあるのです!

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このように見たとき、あなたはついに、絵とは何であるかを理解します。 レベル4の後は、参考から何でも描けるはずですが、本気で創造したいならば、ここからが本当に厳しい仕事を始めなくてはならないところです。 そして、全てを学ぼうとすることに意味はありません。 本当に興味のあるもの、最初にあなたを絵に惹きつけたものなどを選ぴましょう。 そして、専念するのです。

専門化はフラクタル構造のようです。あなたは深く、深く進んで行き、その都度さらなる分岐を発見して行きます。 しかも、決して終わることがありません! これをRPGの成長システムのように見ることもできます。1つの技術に大量のポイントを注ぎこんでもいいし、もっと控えめに、あちらこちらに使うこともできます。 そういうわけで、初心者のあなたのほうが、武器の絵で有名なエキスパートよりも、動物を描くのが上手いかもしれないのです。

しかしながら、この信仰にもほんの少しの真実があります。 良いアーティストは描きたいものを何でも描くことはできませんが、彼らは学びたいものを何でも「学ぶ」ことができます。 彼らは学習することに経験があり、何を期待し、どのように成長の計画を立てるかを知っています。 それでも、少なくともあなたの選んだカテゴリーで良い水準に達したと感じるまで、集中しているほうが良いです。 他のアーティストが描いているのを見たからといって、人体から背景に跳ばないでください。 あなたは、絵に描けるもの全てが、上手であるようにはなっていないのです!

8.絵が上手になるには特別な道具が必要である

私は本屋に行くとよく、なにか薦められるものがないか見るために、「絵の描き方」の本をチェックします。 これらの本には2つのタイプがあります。「楽しく描こう」と、「専門的に描こう」の2つです。 最初のタイプは、特定の物の描き方のステップごとのガイドでできていて、実際には何も教えていません。 結果として、あなたは1枚の絵を手にしますが、それは単に本がやり方を教えてくれたからです。 それなしでは、あなたは途方に暮れてしまいます。

もう一つのタイプはもっとやっかいです。 これらの本はたいてい、始まりの章に長々とした道具についての講義があります。 著者は、誰かが鉛筆だけを使いたかったら、その人達は最初のタイプの本に手を伸ばすだろうと考えるのです。 そこで彼らは、インクや木炭といった、あなたが絵と関係があるとはまったく知らなかった道具についての情報を加えながら、全ての種類の鉛筆や消しゴム、紙の種類について長々と語るのです。

あなたは、手にHBの鉛筆と安い消しゴムを持ち、薄っぺらいコピー用紙の前でその最初の章を読んでいます、そして疑念を抱くのです。 それは、1つも必要な材料を持たず、どの代用品を使おうか考えながら、新しいレシピに挑戦するようなものです。 結果がとても心配になります!

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同じことは、他人がタブレットで絵を描いているのを見て、自分が持っているのは鉛筆だけという時にも起こります。 彼らはレイヤーを使えて、全ての失敗をやり直しでき、着色もできるのです。 どうしたら鉛筆だけでそんなに上手になれるでしょうか? また、あなたが既にタブレットを持っていて、でもそれに(Cintiqのような)内蔵スクリーンがなかったら、そのせいでなんと自分の線は雑なのかを見て、イライラするでしょう。

あなたのために、1つ素晴らしい答えがあります。 レオナルド・ダ・ヴィンチのスケッチを見てください。 Cintiqは言うまでもなく、彼は絶対にタブレットを持っていませんでした! どんな鉛筆でも、またはペンでだって、このようなスケッチを生み出すことができるのです! 道具ではなく、学んでいることに集中するだけでいいのです。 力を発揮させてやれば、HBの鉛筆でまったく十分なのです。

絵には数え切れないテクニックがあります。だから、そのためにあなたが使える道具がたくさんあるのです。 しかし、上手くなるためにはその全てが必要だとか、それがなければあなたには望みがない、というわけではありません。 その時あなたにとって、一番簡単なものを手に取り、それを使いこなして下さい。 レベル6に近づき、ひとたび絵をしっかりと理解したなら、自分のテクニックを広げることができます。 ただし、単に学ぶのが大変だからといって、決して別のものに切り替えないで下さい!

9.描き始めるには年を取りすぎている

絵はしばしば子供じみた遊びとしてみなされます。 全ての子供はひところ絵を描きますが、大きくなるときには、才能のある子たちだけが描き続けます。 これに同意するならば、40歳や60歳は言うまでもなく、20歳で描き始めるのはきっと大変でしょう。 でもそれは、あなたが夢見ることを邪魔しません!

良い知らせがあります。 才能のある子供でさえ、絵を意識的、積極的に学ぶ大人よりは決して上手くなりません。 もう一度、レベルのリストを見てください。 最初の4つは、意識的な練習をほどんど、あるいは全く必要としません。 そして、それが子供たちの描き方です。彼らはただ描くのです。 しかし、それから才能のある子供は、レベル5やレベル6に到達する代わりに、無意識の学習の続きである推測ゲームを始めるのです。 そういった子供が、絵は学ばなければならないのだと気づいている人よりも上手くなることは、まずないです。

確かに、あなたはまず、最初の数レベルに関してこれらの子供たちに追いつかなくてはいけないかもしれません。 おそらく多くの手先の技術を忘れているでしょうし、ひょっとしたら、再び鉛筆を持つのに慣れる必要すらあるかもしれません。 でもそれは、あなたには出来ないということではないのです! 楽器の演奏の仕方を学ぶのと、なんら違いはありません。なぜあなたには遅すぎるのですか? 大変だから? 大変なものなのです!

絵は、子供の時だけに発達させることのできる特別な技術ではまったくありません。 絵を描くことは、若い年代と結び付けられます。というのも、若い人達は義務が少なく、遊びのために何かをする時間がより多くあるからです。 年を取ると、自己の結果に対してより批判的になるので、絵を描くことはそれ自体が楽しいものでなくなってしまうのです。 あなたは色んな事が、例えば野球やゲームなどが不得意かもしれません、それでも、そういったものを友達と一緒に遊んで楽しみます。しかし、絵は、それが感銘を与えるものでなければ、全ての価値を失ってしまうようです。

am i too old to start drawingam i too old to start drawingam i too old to start drawing
「子供ですら、自分より上手い!」というのは、あなたが子供にできる事はすべて簡単だと考える時だけ、腹立たしいものです。

大人になると、絵を描く人には2つのタイプがあるのに気づきます。子供と、熟練した大人です。 あなたはどちらでもありません、だから希望を失くします。 でも、あなたが描くのを止めたのは、向上するのを止めたから。そしてあなたが向上するのを止めたのは、ある時点から絵を描くということは、継続するだけでなく、学ばなければならないということを知らなかったからです。 それを知った今、絵に戻ってきてはどうですか?

長年練習していなかったのなら、あなたの絵の技術は、あなたが描くのを止めたときの子供のそれであるか、あるいはそれ以下です。 でも、その事はちっともおかしくありません! あなたは初心者なのです。だから、下手なのは当たり前です。 不愉快に思うのは、単にあなたのプライドと野心のせいです。それらを忘れて、他のどんな技術を学ぶときのように、とにかく学び始めなくてはいけません。 もはや学校ではないのです。年を取っているということは、より熟練しているということにはなりません。だから、なにも恥じることはないのです!

ここでのあなたのもう1つの反論は、時間の不足であるかもしれません。 今や、あなたには学校や宿題以上の義務があるので、子供と同じだけの時間を絵に費やすことができません。 私にはあなたの状況を知ることはできませんが、大抵の場合これは、優先順位の問題です。 もし、あなたにはTVを観るとかゲームをするなど、他に好きなことがあって、それらのための時間は見つけられるけど、絵には見つけられないというのなら、それはあなたが、絵に対してとても低い優先順位を与えているということになります。

だからこれは、「絵を練習する時間があればなぁ」ではなく、「時間を見つけられる他の趣味よりも、絵がもっと自分にとって重要だったらなぁ」なのです。 それでも、この事におかしなことはありません。 あなたは、自分は絵がさらに上手になり得るということを認めるだけでいいのです。そして、そうでないなら、それはあなた自身の選択です。 あなたの忙しい生活や、年齢、時間不足に責任はありません。

10.線画(ドローイング)と絵画(ペインティング)は同じ技術を要する

これは絵の定義についての一般的な誤解です。 私たちは、絵と彫刻の間の明らかな違いを見て取ることができますが、こと紙の上の「平面な」アートとなると、それは1つの技術の結果であると考えがちです。

線画と絵画は同じではありません。 あなたが、自分は線画において才能がある、または熟練していると考えていて、デジタルアートに切り替えた後に、色彩をきちんと使えなかったら、それはあなたは実際には絵が下手だということにはなりません。 あなたは別の分野に足を踏み入れているのです。そして、長年の経験と美しいスケッチにも関わらず、あなたは今再び初心者、絵画の初心者なのです。

線画と絵画に含まれる技術には、いくつか重なるものもあります。それらは彫刻にも当てはまる「創作」の技術です。 その他のものは、自らの分野のみに密接に関係しています。例えば、正確さは絵画よりも線画においてもっと重要です。 自らをアーティストと呼ぶ人間は、どんな媒体を使おうと、何でも創り出すことができるというのは単に真実ではありません。

drawing is painting differencedrawing is painting differencedrawing is painting difference

あなたが絵画(ペインティング)を見て、「この人みたいに描け(ドロー)たらなぁ」と考えたなら、それはまるで菓子職人を見ていて、「この人みたいに料理ができたらなぁ」と考えているようなものです。 その人は料理が上手なのかも知れませんが、そのことを知ることはできないのです!

線画は線に基づいています。短い、長い、細いまたは太い、しかしそれらは常に線です。 ときに綿棒を使ってそれらを混ぜることができますが、主として、クロスハッチングのような方法で、手によって混ぜる必要があります。 そしてこれが、絵を学ぶときにあなたが予期すべきことなのです。

このことはデジタルアートにとって特に重要です。というのも、この目的に使われるフォトショップや他のソフトウェアでは、線画と絵画が溶け合って1つになるからです。 チュートリアルを探すときは注意しなくてはいけません。それらの中には、この2つの技術について同時に触れるものもあるので、初心者にとって非常に紛らわしいかもしれないからです。

絵の描き方を学ぶとき、色彩の問題は無視するのが一番です。 あなたのスケッチが素晴らしいものになるために色は必要ありません。だから、素晴らしいものになるように集中しましょう。 他方で、明暗はあなたがより上達していくうえで利用できるものです。 でも基本は、決して急ぎ過ぎないこと。そして、一つの技術を確実にマスターしてから、次の技術に挑戦して下さい。

結論

絵に関する最大の誤解、それは「絵は簡単だ」というものです。他の全ての誤解はそこから派生しています。 簡単だから子供にだってできる、そしてもしできないなら、じゃあ、あなたには十分な才能がない。 いったんこの考え方から自分を開放し、絵を描くことを他の技術のように扱い始めれば、あなたはついに進歩するでしょう。 あなたの前の道がどんなに長くとも、その上に大胆に足を踏み出せるのです!

あなたには上手に描く義務などないということもまた、述べておく価値があるでしょう。 あなたは決して有名なアーティストにはならない、あるいは良いアーティストにすらならないかもしれません。しかし、それは失敗したということにはなりません。 絵の描き方を学ぶということは、それ自体が賞なのです。あなたが楽しんでいる限り、最終目標は重要ではありません。 これに納得できなかったら、あなたは既に、恐れて学ぶことのできない人たちより立派なのだということを考えてみましょう。 野心のせいで、初心者でいることを止めないで下さい!

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